ニートの私が選んだWEB担当への道

大学を卒業して、少しの間(5年くらい)ニートとフリーターをしていた私。「働く」という意味があまり理解できず、若い頃はずいぶんそれで悩みました。

オンラインショップの世界にハマり、今は幸いにも多くの企業様の運営支援をさせて頂けるまでになった、紆余曲折の経歴を綴っていこうと思います。

私は、比較的裕福な家庭に生まれ、それなりの学校に通い、大学入学までは特にこれといって悩みもなく、何不自由なく暮らしていました。

大学3年の前半までは、周囲がバイトや合コン、恋愛、サークル、遊ぶことばかりに一生懸命な中、私も例外にもれず、バイトやサークル、趣味の海外旅行などで日々を費やし、絵に描いたようなキャンパスライフを送っていました。

しかし大学3年の後半ともなると、友人達は突然、自己分析やら、セミナーやら、資格取得の話ばかりし始めます。

「自分の中で1番大切なものは何?」

「何のために働くのか?」

「自分の長所と短所は?」

そんな友人の問いに、もう1人の友人が

「大切なものは信念。自己実現のために働く。長所は明るい性格で、短所は楽観的過ぎるところ。でも、意識して慎重に物事を判断するよう心掛けています。」

まるで分厚いステーキがジュージュー焼けそうな「鉄板」回答は、今朝方までカラオケでロマンスの神様を歌い上げていた私には、もはや宇宙人の会話にしか聞こえませんでした。

いわゆる「就活戦争」が勃発し、完全に出遅れた私は戦場にほぼ丸腰で、ただただ呆然と突っ立っているだけ。

まあ、準備不足といいますか、私だけが「大人になる」ってことを全く理解していなかったのです。

とりあえず惰性で合同セミナーに参加してみたり、まだアパレル業界が元気だったので、「洋服が安く買える♪」なーんて、浅はかな考えでアパレルメーカーにエントリーしてみたり、有名企業を見れば、「この会社知ってる知ってる!」くらいのレベルでエントリー。

しかしそんな薄っぺらい動機と丸腰の状態を、面接官の方々はまるっとお見通しで、「不採用通知」と言う名の弾丸が、私の無防備な心を次々と貫通して行くのでした。

「え…。本気で考えないと、やぱいのかな。本当に自分がしたいことって一体何???」

頭で考えても分かるハズないのに、妙な焦りが無理やりどこかから答えを出そうとします。

そういえば、高校までは英語が大好きで、将来翻訳家になりたいって思っていた。大学生活でほぼ英語から離れてしまい、その道を諦めてしまっていたんだ。

「そうだ、翻訳家になろう」

と、京都に行くような気軽さで、またまた安直に決めてしまうぺらっぺらの私。(ちなみに大学の専攻は商学

翻訳には専門的なスキルが必要で、ぬるい大学生活を3年も送ったヌルヌルのなめくじ状態の私が、軽々しく就ける職業ではございません。

「うーん、じゃあとりあえず勉強からかな。」

同級生たちは、名だたる有名企業に就職先が決まり、晴々と卒業式を迎える中、私は半分ニートしながら独学で翻訳家を目指す道を選びました。

今から考えても、いつ振り返っても、本当に行き当たりばったりで人生を決めてきた私。まあ、なんとかなるっしょ。という軽い気持ちでした。

世に言う完全なるドロップアウト。ここまで読んで下さった多くの人が「この親不孝ものめ!」とお怒りかも知れませんが、おっしゃる通り、異言はございません。高校、大学と私立に通わせてもらい、最終的に選んだのがニート生活。反論の余地も無いほど、親には心配を掛けたと、心から申し訳なく思っています。

父ちゃん、母ちゃん、ほんっとごめん。

つづく